2015年11月23日月曜日

晒し飴

小さな頃、父が良く買って来てくれていたおやつに「晒し飴」があるのですが

水飴の水分を飛ばしてより硬く粘り気を増した飴
https://kotobank.jp/word/%E6%99%92%E3%81%97%E9%A3%B4-512269

父は良くわりばしをこのつぼの中に入れてくるくると掬い取り、私に食べさせてくれたんです。

当時は「晒し」というとこの白い透明な飴のことで
次に太い包帯のような白い木綿布。
夏になると甘い匂いを放つ白い塩素水。
刺身の妻にする水に晒した葱の事を指しました。

「晒す」という言葉は「浄化する」という意味と密接に結びついているなと思ったのも。

人の目に晒すという審判。

先日NHKで「他人の目は審判である」という言葉を聴いて、記憶に残っていた所為か

絶歌の作者も未だに実名を名乗っていませんがそんなに実名を人目に晒すのはいやなのかと。

しばしば犯罪を犯したものが監視カメラや他人のスマホのカメラに現行犯の決定的瞬間を収められ、流出した画像がネットに流れる人目に晒されるという事があり、問題視されたこともありましたが、隠れてこそこそ悪事を行い、誰にも知られず闇から闇に葬られて犯人目線においては万事ハッピーとか、おいそれでいいのか?
悪事を犯した者の個人情報が永遠に守られて、それじゃあ世の中犯罪犯し放題の真っ暗闇の社会になって日本が地獄みたいになっちゃっていいの?!って話なんですが。

そりゃね

恥ずかしいでしょういやですよ。
例えば、テストで悪い点を取ったら張り出されるとか、
友人にも恥ずかしいし、お父さんお母さんにも怒られるし、
しばらくは世間の目を気にして、小さくなって過ごさなきゃならない。

でも仕方ないですよ。
自分が至らなかったんだから。
堂々と罰は受けましょう。

次からは頑張ってまたトライすればいいんです。

こうでもしなきゃ、人間の悪い癖は直らないから、罰則が科せられるんですよ。

個人の身に沸いてくる罪を 小さなうちにすばやく片付けていれば、大事になりません。

そうやって社会的環境を整えるのも、社会の一員としての大人の義務ですよ。

日本人は石器時代の頃から、二万年近くそうやってきたんですよ。

だから日本人は潔癖症なんですよ。

半島の人にはわからないかもしれないけど。



汚水に晒しを入れて浄化するのも


白い布を作るの為に日光に晒すのも


人目に晒して審判を受けて罪を清めるのも


おんなじなんですよ。日本の文化。


その人の属する共同体の社会の価値基準に晒して、善悪を決める。


全て隠されていたものは暴かれる。この世のものは何でも。


(ストーカー加害者が「ナザレ生まれの」って言ってたイエスのありがたいお言葉です。)
http://blogs.yahoo.co.jp/verdandi_001/37140914.html
http://plaza.rakuten.co.jp/watasihanekoha/diary/200801180000/

加害者に「私の友人の刑事」なんて言われて犯罪に加担していたG県T市警察も


ぱよチン関係(F-セキュア社社員によるフェイスブック個人情報不法入手および流出事件)で新しい情報がありますね。




世の中には似たような人がいますね。

統一教会内で不法行為をやめようとしなかったストーカー加害者が上司や同僚から
「家族のことを考えて身を正したらいかがですか」と警告や忠告を受けても改めようとしなかった結果、地位も職も失ってしまったという事がありました。

















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